モーニング(講談社)で連載された漫画、佐原実波『ガクサン』のネタバレと感想・考察をお届け。
22冊目は「うるしと社会人の学び方①」。21冊目のラストで涙を見せたしをりさんが、うるしと福山を週末のイタリアンに誘います。そこで紹介されたのは、昇進のためにTOEIC600点が必要な女性・鷺沼桃さん。福山の口から出たのは、意外なアドバイスでした。
以下、ネタバレを含みますので、ご注意ください。
ガクサン 22冊目「うるしと社会人の学び方①」あらすじ(ネタバレ注意!)
前回までのあらすじ
山星堂の学参棚担当・梅屋敷さんの悩みは、苦手な教科の参考書をおすすめできないこと。福山はお客さんに任せられる棚を作ればいいと答え、書店営業の谷津さんは参考書の「旬」と、営業の仕事を説明しました。
帰りぎわ、谷津さんは福山をしをり会に誘います。福山の答えは「わかりません」、でも「ありがとうございます」。
そして数日後。うるしは会社の女子トイレから、涙目で「もう知らない!」と飛び出していく花山しをりさんを目撃します。
前回の記事はこちら → 【ガクサン 21話ネタバレ】21冊目|うるしと棚作りの極意。福山「任せられる棚を作ることだ」、谷津「しをり会に来なよ」――参考書の「旬」カレンダーも解説
沈みっぱなしのしをりさん
あの日から、しをりさんはずっと元気がありません。しをり会でも、高校英語の編集部の席でも、どんよりと沈んだまま。
この間のアレが原因だよなぁ、と気になるうるし。そんなある日、ご相談係の資料室で福山に本を借りていると、ちょうどしをりさんが資料を見せてね、とやって来ます。
ぼんやりしていたしをりさんは、棚にぶつかってよろけてしまいます。思わず、大丈夫ですか、実はこの間電話でもめているのを聞いてしまって……と打ち明けるうるし。しをりさんは真っ赤になり、そしてぐいっと身を乗り出します。ふたりとも、週末に時間はない?
週末のイタリアンと、鷺沼桃さん
週末、イタリアンレストランの前に集まったうるしと福山。私服でもあまり変わらない福山に、うるしは心の中でつっこみます(笑)。
しをりさんは来てくれたお礼に、百貨店で売り切れ続きのお菓子を手渡し。受け取った福山が、じゃあ帰ります、と背を向けかけたところで、待ち合わせの相手がやって来ました。
黒髪のショートに大きなフープピアスの女性、鷺沼桃(さぎぬま・もも)さん。しをりさんのご友人の方ですね、とあいさつするうるしに、桃さんとしをりさんは、どこか歯切れの悪い返事をします。
昇進の条件は、TOEIC600点
食事をしながら、しをりさんが事情を話します。桃さんの会社では、管理職候補になるにはTOEICで600点が必要。つまり、昇進がかかっているのです。
ところが勉強は順調ではありません。しをりさんが問題集を選んで渡したのに、はかどっていない。そのうえ週末も勉強に時間をとられてばかり――と言うしをりさんに、桃さんは、それは違う、先週も会ったし、仕事が忙しいのも本当だ、と言い返します。ふたりの間に、ピリピリした空気が流れます。
それで関係にヒビが……と納得したうるしは、場をなごませようと、仲がいいんですね、歳に関係なく親友って感じ?と言います。ところが、ふたりは黙りこんでしまいました。何かいらないことを言ったかと、うるしはあせります。
しをりさんは、英語参考書の編集者としては情けないけれど、効率よく600点をとる方法を一緒に考えてほしい、と頭を下げました。
TOEICって、どんな試験?
そもそもTOEICって?と聞くうるしに、福山は、ビジネス英語の基礎力をはかる試験だと説明します。ふつうTOEICと言えばリスニングとリーディングの試験のことで、990点満点のマークシート式。2時間で、前半がリスニング、後半がリーディングです。
英語がペラペラのしをりさんは、昇進の条件にする意味はあるのか、昔それなりに点数はとったけれど、実際の英語力とは別な気がする、と首をかしげます。
福山も、点数がいいことと英語が話せることは同じではない、と認めます。そのうえで、大量の英文をすばやく理解するテストの形は、英語の訓練として悪くない、その情報処理の力はビジネスでも大事だ、と。桃さんは、仕事で必要だからやるだけなので、意味があるかどうかは気にしていない、と淡々と答えます。
「そこが間違いなんです」
場の空気を変えようと、うるしが、今はどの本で勉強しているんですか、とたずねます。
桃さんが出したのは、しをりさんが選んだ2冊。TOEIC用の単語帳(16冊目にも出てきた、いぶき社の『英単語タンコブ FOR TOEIC』)と、パート別の対策本です。単語は進めているけれど、問題集はパラッと見た程度。段階があるんです、英語がペラペラのしをりさんにはわからないでしょうけど、と桃さん。
福山は桃さんに、問題集をパラッと見てどうだったかとたずねます。リスニングも読解も難しくて、単語がわからないから、まずは単語から始めた、と桃さん。
では、しをりさんはなぜ問題集を渡したのか。しをりさんは、単語力を補って問題集で出題形式をつかめば、それなりの点はとれるはずだと考えていました。桃さんも大学を出ているし、高校英語をやっていれば、TOEICの英語はそんなに難しくない、と。
しをりさんもプロなんだし間違ってはなさそう、とうるしが思った、そのとき。
「そこが間違いなんです」
英語力の「劣化」
福山は続けます。英語力が劣化しているという事実から、目をそむけていませんか、と。
参考書の編集者のしをりさんならともかく、学生時代から英語にまったくふれずに10年も過ごせば、高校英語はたいてい抜けている。難しく感じる理由は単語力不足だけではないかもしれない。今、模試で何点とれるか知っていますか、と。
桃さんは、勉強してから受けようと思っていた、学生時代は550点くらいだった、と答えます。でも福山は、それは昔の話ですよね、とひと言。まずは今の自分のレベルを直視すること。過去の成功体験は忘れること。
そこまで言わなくても、とかばうしをりさんに、桃さんは、いえ、そのとおりです、と認めました。
「まずはTOEIC対策本を使わないことです」
福山は、桃さんの今の点数を300点台くらいと見積もります。そして、渡された2冊はいったん閉じてほしい、と言います。
「まずはTOEIC対策本を使わないことです」
TOEICの英語が難しく感じるなら、すでに中学英語が抜けかけている。だから、中学生向けの文法書と単語帳から始めることをすすめる、と。中学英語がしっかりしていればTOEICは500点とれる。600〜700点くらいまでは、問題への慣れと演習の量に点数が比例する。
問題への慣れ?と首をかしげるうるしに、福山は、TOEICの問題には独特の世界観やくせがある、と説明します。飛行機の遅れ、道路の通行止め、予定や予約の延期……。うるしは、16冊目で見たやつだ、と思い出します。
だから、中学英語をやり終えたら、必ずTOEIC専用の参考書で学ぶ。パート別の参考書をやってから問題集で演習し、単語帳も使う。英文法書は、中学英語を始めるときから手元に置いて、わからないところを調べればいい。これがTOEIC対策の基本ルートだ、と福山。
「著者買い」という選び方
でも、どの参考書を買えば……いぶき社は出していないし、と迷う桃さん。福山は、書店で読んでしっくりくるものなら何でもいいけれど、ルートを丸ごと「著者買い」するのも手だ、と言います。
例えば、とスマホで見せたのは、人気講師・関正生先生の本。関先生は2006年からほぼ毎回TOEICを受けて徹底的に分析していて、特にリスニングの章では「英語の聞き取り方」を丁寧に教えてくれる、と。
英語の聞き取り方なんて習ったことがないかも、とうるし。桃さんも、基礎を身につけて、解き方も身につける、時間はかかるかもしれないけれどできそうな気がする、と前を向きます。
しをりさんの「ごめんね」と、桃さんの涙
そのやりとりを黙って聞いていたしをりさんが、ぽつりと言います。自分の尺度を桃さんに押しつけていたのかもしれない。学参の編集者だからと、わかっている気になっていた。ごめんね、と。
そう言って、しをりさんはお手洗いに立ちます。その背中を見送った桃さんの目から、ぽろっと涙がこぼれました。驚くうるしと福山。23冊目へ続きます。
【ガクサン流・大人の英語の学び直し】TOEICは「中学英語」から?
22冊目で福山がすすめたのは、TOEICのために中学英語に戻る、という遠回りに見える道でした。社会人の英語の学び直しに、そのまま使える考え方です。研究や試験の公式情報とあわせて整理してみましょう。
1. TOEIC L&Rは、どんな試験?
ふつう「TOEIC」と呼ばれるのは、TOEIC Listening & Reading Test(L&R)です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 満点 | 990点(リスニング495点+リーディング495点) |
| 時間 | 約2時間(リスニング約45分・リーディング75分) |
| 問題数 | 200問(リスニング100問・リーディング100問) |
| 形式 | マークシート。リスニングはPart1〜4、リーディングはPart5〜7 |
作中で福山が言っていたとおり、リーディングは75分で100問。じっくり考える時間はなく、大量の英文をすばやく処理する力が問われます。
2. 英語の力は「劣化」する――でも、ゼロにはならない
福山の言う「劣化」には、研究の裏づけがあります。
学校で習ったスペイン語を、最長50年後までどれだけ覚えているかを調べた有名な研究があります。それによると、習ったことの多くは、学校を出てから最初の3〜6年ほどで大きく忘れられる。ただ、そのあとに残った知識は、何十年たってもほとんど減らなかったそうです。研究者はこれを「パーマストア(永久保存)」と呼びました。(Bahrick, 1984)
つまり、10年ぶりの英語は、学生時代の点数のままではない。でも、まったくのゼロでもない。一度学んだことは、学び直すと最初より早く身につくことも、記憶の研究で古くから知られています(エビングハウスの「節約率」)。
だからこそ、福山の「今のレベルを直視する」が大切なんですね。模試を1回受けて今の点数を知る。中学英語から始めても、学生のころよりずっと早く進めるはずです。
3. 「英語の聞き取り方」は、習うもの
うるしの「英語の聞き取り方って習ったことないかも」も、大事なポイントです。
英語の会話では、the、of、to、can のような小さな単語(機能語)が、弱く短く発音されます(弱形)。第二言語の学習者を対象にした研究では、内容を表す単語より、こうした機能語のほうが聞き取りにくいことが示されています。(Field, 2008)
単語を知っていても、弱く発音されたときの音を知らなければ聞き取れない。だから、単語帳だけでなく、「音の変化」を教えてくれる参考書が役に立つわけです。作中の関先生の本も、まさに弱形の聞き取り方から教えてくれます。
4. 福山の「基本ルート」と「著者買い」
福山の助言を、順番にまとめます(ここは作中の福山の助言です)。
- 模試で今の点数を知る
- 中学英語の文法書・単語帳から始める(英文法書は最初から手元に置き、わからないところを調べる)
- TOEIC専用の参考書で、パートごとの解き方を学ぶ
- 問題集で演習し、TOEIC用の単語帳も進める
そして、参考書選びに迷ったら「著者買い」。同じ先生の本でそろえると、説明のしかたや用語が統一されているので、本から本へ移るときに迷いにくい、という利点があります。
ぱっと見まとめ:社会人のTOEIC学び直し
| 番号 | 名前 | やること |
|---|---|---|
| 1 | 今を知る | 模試を受けて、今の点数を知る。昔の点数は忘れる |
| 2 | 中学に戻る | 難しく感じるなら、中学英語の文法書と単語帳から |
| 3 | 聞き方を習う | 弱形・音の変化を教えてくれる本でリスニングの基礎を作る |
| 4 | 専用本へ | 中学英語のあとはTOEIC専用の参考書で解き方を学ぶ |
| 5 | 演習を積む | 600〜700点までは、問題への慣れと演習量がものを言う |
TOEIC学び直しのチェックリスト(22冊目から)
[ ]最近の模試か公開テストで、今の点数を知っている[ ]対策本が難しすぎると感じたら、中学英語に戻ると決めた[ ]英文法書を1冊、手元に置いた[ ]リスニングの「音の変化」を学べる本を選んだ[ ]参考書をそろえるとき、同じ著者のシリーズも検討した
参考文献
- Bahrick, H. P. (1984). Semantic memory content in permastore: Fifty years of memory for Spanish learned in school. Journal of Experimental Psychology: General, 113(1), 1–29.
- Field, J. (2008). Bricks or mortar: Which parts of the input does a second language listener rely on? TESOL Quarterly, 42(3), 411–432.
- 国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC). TOEIC Listening & Reading Test 公式サイト「テストの形式と問題形式」.
ガクサン 22冊目 感想・考察
【今回の一番】「そこが間違いなんです」――プロの思いこみ
22冊目でいちばん刺さったのは、福山がしをりさんの考えを正面から否定した場面です。
「そこが間違いなんです」
しをりさんの考えは、うるしの言うとおり、一見まっとうです。単語を補って、出題形式に慣れれば点はとれる。ただし、それは高校英語の力が残っている人の場合でした。
英語がペラペラで、毎日英語の参考書を作っているしをりさんにとって、高校英語は「あたりまえにできるもの」。でも、10年英語から離れていた桃さんにとってはそうではない。福山が「花山さんのような参考書編集者ならいざしらず」と言ったのは、まさにそこです。
できる人ほど、できない人のつまずきが見えなくなる。19冊目で福山があかねに、ゆかりは「読む」ための基礎ができていないのでは、と言ったのと同じで、問題は、本人が思っているより一段下にあることが多いんですね。
「過去の成功体験は忘れてください」
桃さんにかけた福山の言葉は、かなりきびしいものでした。学生時代の550点は昔の話。今のレベルを直視して、過去の成功体験は忘れる。
しをりさんが止めに入ったほどですが、桃さん本人は「そのとおりです」と認めます。勉強してから模試を受けようと思っていた、というのは、今の自分を見るのがこわかった、ということでもあるのでしょう。
でも、福山の話は「あなたはダメだ」で終わりません。中学英語がしっかりすれば500点、そこから600〜700点までは演習量に比例する。どこから始めて、どこまで行けば600点に届くのかという道すじを、きちんと示しています。だから桃さんも、時間はかかるかもしれないけれどできそうな気がする、と顔を上げられたのだと思います。
中学英語に戻る、という遠回り
TOEIC600点のために、まずTOEIC対策本を閉じる。いちばん遠回りに見えて、実はいちばんの近道――というのが、いかにも福山らしいアドバイスでした。
11冊目で理転を目指す葵さんに、福山は『初めから始める数学』から始めさせました。12冊目では、やることを「そぎ落とす」戦略を立てています。今の自分に合った一冊から始めるという考え方は、高校生でも社会人でも変わらないんですね。
もうひとつおもしろかったのが、「著者買い」のすすめ。社内の人なのに、いぶき社はTOEICの本を出していないから、と迷わず他社の人気講師の本を出してくるのは、20冊目で店長さんが言っていた「いぶき社びいきしない」福山そのものです。
【考察】しをりさんと桃さんは、どんな関係?
22冊目でずっと気になったのは、しをりさんと桃さんの距離感です。
週末も会っているのに、勉強に時間をとられてばかりだと不満をもらすしをりさん。先週も会った、と言い返す桃さん。そして、うるしが「歳関係なく親友って感じ?」と言ったとたんに、ふたりとも黙りこんでしまう――。
21冊目の電話のけんかの相手も、桃さんだったのでしょう。会話のはしばしを見ると、ふたりは、ただの「友人」ではないのかもしれません。うるしが「ご友人の方ですね」と言ったときの、桃さんの「…えと」も意味ありげでした。
そして、しをりさんの「ごめんね」のあとに桃さんがこぼした涙。昇進の話だけではない、ふたりの間の何かがほどけた涙なのか、それとも別の理由があるのか。②にあたる23冊目で、きっと明らかになるはずです。
まとめ
- 21冊目の涙のあと、沈みっぱなしのしをりさん。うるしと福山を週末のイタリアンに誘う
- 紹介されたのは鷺沼桃さん。会社で管理職候補になるにはTOEIC600点が必要
- しをりさんが渡した単語帳と問題集では、勉強がはかどらない
- 福山「そこが間違いなんです」。10年英語から離れれば、英語力は劣化している
- 「まずはTOEIC対策本を使わないことです」。中学英語の文法書と単語帳から
- 中学英語で500点、600〜700点までは問題への慣れと演習量。参考書は「著者買い」も手
- しをりさん「ごめんね」。そして桃さんの目から涙が――
22冊目は、大人の学び直しの基本がつまった回でした。桃さんの涙のわけと、ふたりの本当の関係。23冊目が待ちきれません!
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