週刊少年マガジン掲載の漫画 盤上のオリオン最新話の感想、考察をお届け。
以下、ネタバレを含みますので、ご注意ください。
盤上のオリオン 第96話 最新話 あらすじ(ネタバレ注意)
前回までのあらすじ
今回の展開
佳澄碧と茅森涼夏、ついに本格的な激突が始まった。
アマ竜王戦での対局を経て、互いに「敵」として認識し合った二人が、ここに来て本気の盤面を展開する。
佳澄は相手の一手に狡猾さを見出し、認識を改める。
茅森は圧倒的なプレッシャーを受けながらも、自分が追いかけてきた「後ろ姿」たちを胸に刻み、6五歩と先制の一手を放つ。
そして茅森の手元には、鳩サブレー。
戦闘開始の合図とともに、物語は新たなフェーズへと突入した。
盤上のオリオン 第96話 X(旧Twitter)での反応
盤上のオリオンとお菓子のコラボしてほしいわ
各キャラクターに対してお菓子が結構紐付いてるからやりやすそうやのに— ぶくぶくちゃがまぐち (@beginnerstudy) April 21, 2026
先週のブルーロック、今週の盤上のオリオン、どちらも「すべからく」の誤用
少年マガジンの編集部ってこうゆうの気にしない方針なの?
それとも知らない間に「すべからく」の意味変わった?— えな@趣味垢 (@enaponpoke) April 21, 2026
盤上のオリオン 第96話 感想・考察・まとめ
「運命の敵」と認識した瞬間の重さ
佳澄が茅森を「運命の敵」と認識した。
この一言が、今回の96話でおじさんの心を最もガツンと揺さぶった部分です。
アマ竜王戦の頃の佳澄は、茅森を「ひよっこ」扱いしていた。
タイトルも昇段もかかっていない遊びの対局で負けた相手、という認識だった。
それが今回、相手の一手を受けて内心で「認識を改めろ」と自分に言い聞かせる。
自分の慢心に気づき、敵を再定義する。
これはつまり、佳澄にとっての成長でもある。
強者が「こいつは本物だ」と認めるとき、そこには必ず恐怖と興奮が混在している。
ニーチェが「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」と言ったように、真に強い相手と向き合うとき、人は自分自身の内側を強制的に見せられる。
佳澄がゾクっとした瞬間、それは茅森という深淵に覗き込まれた瞬間だったのかもしれない。
茅森涼夏の「後ろ姿」哲学
今回の茅森の内面描写は、このシリーズ随一の詩的な場面だったと思う。
彼女が思い浮かべるのは、夕飛の後ろ姿だ。
肩をすくめた後ろ姿。進み続ける覚悟の背中。
茅森はずっと誰かの後ろ姿を追いかけて将棋を続けてきた。
おじさんも思い当たる節がある。
人は「夢」や「目標」という抽象的なものを追うより、誰かの背中を追うほうが、ずっとずっと強くなれる気がする。
哲学者ジョン・スチュアート・ミルは「偉大な人物が存在するのは、より多くの人が小人でいることを望まないからだ」と言った。
茅森が夕飛の背中を見て「私もこうありたい」と思った瞬間、彼女は小人であることを拒否した。
その覚悟が、6五歩という一手に宿っている。
「すべからく」問題——誤用か、それとも意図か
今回のTwitter(現X)での反応を見ていて、おじさんも思わず膝を打った話題がこちら。
今週の盤上のオリオン、先週のブルーロックと、週刊少年マガジンで「すべからく」の誤用が連発したというものだ。
「すべからく」は本来、「当然〜すべきである」という意味の副詞。
漢字で書くと「須く」。「須」という字は「必要とする」という意味を持ち、「必須(ひっす)」の「須」と同じ字だ。
つまり「すべからく覚悟があった」という用法は、本来なら「覚悟が当然あるべき」という意味になる。
ところが現代では「すべて・ことごとく」という意味で使われることが多く、今回の茅森のセリフもその流れで使われている。
誤用か、それとも言葉の進化か。
この議論、実はなかなか奥が深い。
言語学者の中には「言葉の意味は使われ方によって変わる」と主張する人も多く、「すべからく=すべて」という用法はもはや市民権を得つつある、という見方もある。
ただ、おじさん的には「せっかく格調高い言葉を使うなら、本来の意味で使ってほしいなあ」という気持ちも正直ある。
少年マガジン編集部がこれを意図的に容認しているのか、それとも校閲が素通りしているのか。
どちらにしても、読者にここまで言葉を考えさせる漫画というのは、それはそれで大したものだとおじさんは思う。
鳩サブレーと「お菓子で読む盤上のオリオン」
さあ、今回おじさんが一番テンションが上がったポイントがここだ。
茅森涼夏のお菓子——鳩サブレー!
盤上のオリオンは気づけば、キャラクターとお菓子が見事に対応している作品になっている。
夕飛はタケノコの里派、鞍馬はきのこの山派——というような、キャラクターの個性とスナック菓子の組み合わせは、この作品の象徴だ。
硬派な将棋漫画でありながら、登場人物が盤の前でお菓子をつまむシーンは、読者に親近感と温かさを与える。
考えてみれば将棋の長期対局では「おやつ」が公式に認められている。
タイトル戦では棋士が対局中に注文するおやつがファンの間で大きな話題になることも多い。
その文化をしっかりと漫画に落とし込んでいるのが盤上のオリオンの巧みさだ。
そこに今回、茅森月=鳩サブレーという新たな組み合わせが加わった。
鳩サブレーといえば、鎌倉・豊島屋の銘菓。
ざっくり言えば「上品で、どこかレトロで、でも誰もが知っている」お菓子だ。
バターの風味豊かなサクサク感、そして愛らしい鳩の形。
これが茅森涼夏のキャラクター性と絶妙にリンクしている気がしてならない。
茅森は決して派手なキャラクターではない。
だが、じっくり向き合えば向き合うほど奥行きがある。
誰かの背中を追いながら、自分の覚悟を静かに積み上げてきた女性。
上品で、芯が通っていて、嚙めば嚙むほど味が出る。
それは鳩サブレーそのものではないか。
Twitterでも「各キャラクターとお菓子のコラボ商品を出してほしい」という声が上がっていたが、おじさんも完全に同意する。
タケノコの里ときのこの山がいて、そこに鳩サブレーの茅森が参戦したら……これはもう将棋界の「たけのこ・きのこ戦争」に第三勢力が誕生したようなものだ。
いや待って、鳩サブレーは明らかに格が違うぞ。鎌倉銘菓だぞ。一箱あたりの品格が違う。
茅森、お前ひとりだけ格上のフィールドにいるじゃないか(笑)。
「戦闘開始」という言葉の重さ
今回の話のラスト、茅森が鳩サブレーをかじって発した内心の言葉。
「戦闘開始よ」
シンプルな言葉だが、おじさんはここで鳥肌が立った。
それまでの長い内面描写——追いかけてきた後ろ姿、覚悟、プレッシャー——すべてを咀嚼して、最後に出てくるのが「戦闘開始よ」という一言。
鳩サブレーを「咀嚼する」動作と、覚悟を「咀嚼する」心理描写が重なっている。
これ、作者は絶対に意図してやってますよね?
食べる=戦いの準備をする。
お菓子を食べるという日常的な行為に、戦士の儀式のような意味を持たせる。
この演出の上手さは、素直に脱帽だ。
武田信玄は合戦の前に「風林火山」の旗を立てた。
茅森は対局の中に鳩サブレーをかじる。
スケールは違えど、儀式が覚悟を形にするという点では同じだ。
おじさんもこれからは何か大事な局面の前に鳩サブレーを買ってこようかと思った(完全に影響されている)。
まとめ——駒音が、近づいてくる
96話は、対局の「始まりの始まり」を描いた回だった。
佳澄が茅森を真の敵と認め、茅森が夕飛の背中を胸に覚悟を決める。
互いの陣形が充実し、勉三も「ここからが本番」と語る。
まだ何も始まっていない。でも、すべてはもう始まっている。
お菓子の話で笑わせておいて、その実、キャラクターたちの魂の対話が静かに進行している。
それが盤上のオリオンの恐ろしいところだ。
将棋の盤面は嘘をつかない。そして人の覚悟も、盤面に滲み出る。
次回も目が離せません。来週が待ちきれません。

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