週刊少年マガジン(2026/1/14発売)掲載の漫画 盤上のオリオン最新話の感想と考察をお届け。
以下、ネタバレありますので、ご注意ください。
盤上のオリオン 第84話 最新話 あらすじ
前回までのあらすじ
三段リーグ、第12戦
二宮夕飛(タケノコ) vs 生方橙和(ブルーアルパカ)
木佐貫から生方の才能を引き出すよう頼まれた二宮。
生方は棋士に固執せず電脳棋界四天王と対局したい。
引きこもりだった幼少期に出会った将棋アプリ。
その中でタケノコこと二宮夕飛と対戦を繰り返す日々。
その憧れの人との対戦。
それだけで十分奨励会に参加した意義は達成できた。
しかし、将棋の才能を見出した木佐貫。
今後も将棋を続けてもらうように二宮に頼んだのであった。
二宮夕飛のプレッシャー
生方「何?この手?音が遠のいていく でも変なの呼吸の音はやけに響く」
生方「これがリアルのプレッシャー?」
夕飛「言っただろ 僕はもっと強くなる」
深遠で深淵なる一手
生方「より攻撃的かつ私の猛攻を誘発する一手」
生方「暗闇が口を開けて獲物を待っている」
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている
よくわからんけど説明には「ミイラ取りがミイラになる」という意味と書いてある。
これを考えてんだが、この状況でこの名言はよくわからん。

さて、次に行こう!
のぞく前に離れる生方!?
生方「一歩踏み違えれば深い穴に落ちそうだ ここは守りを固めて」
夕飛「君はその深淵を前にしてのぞかずに通りすぎるようなタマじゃないだろ」
心配そうに見守る木佐貫。
しっかり隣で対戦している。

木佐貫よ、集中しろ!!
覚悟を決める
木佐貫「行け 踏み出せ 殻を突き破れ!!」
夕飛「いつかリアルで話そう」
生方「うんわかった。」
生方の駒音が鳴る!!
攻め手が繋がる
生方「日和る所だった でもあの言葉に背中を押されて 私は部屋を出た」
生方「私は今ここにいる」
夕飛「やるな“ブルパカ”」
生方「楽しい」
生方覚醒!
生方「盤面が語りかけてくるみたい 大切なことを思い出させてくれる」
生方「私は胸を借りに来たんじゃない!」
生方「彼らと戦いに来たんだ」
生方「駒音を鳴らせ」
今、棋士への一歩を踏み出すとき…。
盤上のオリオン 第84話 X(旧Twitter)での反応
今週の少年マガジン読了
個人的に面白かったのは
① 黒岩メダカに私の可愛いが通じない
② 盤上のオリオン
③ アイドラトリィ
④あの島の海音荘
⑤ 生徒会にも穴はある!— ジーン@ティオ (@junjun0817) January 13, 2026
盤上のオリオン面白すぎる。
課金の手が止まらへん、— ピグモン (@pigpigpigmon624) January 13, 2026
盤上のオリオン 第84話 感想・考察・まとめ
考察
オンラインからリアルへ―現代的なテーマ
第84話では、三段リーグという厳しい世界で戦う若き棋士たちの姿が描かれました。
今回は特に、引きこもりから将棋を通じて外の世界へ踏み出した生方橙和(通称:ブルーアルパカ)の覚醒シーンが印象的でした。
この回では現代ならではの「ネット将棋」というモチーフを巧みに取り入れている点です。
生方は幼少期、引きこもりだった時期に将棋アプリと出会い、その中で「タケノコ」というハンドルネームのプレイヤー―実は今回の対戦相手である二宮夕飛―と何度も対局を重ねてきました。
画面越しの対戦から、実際の盤を挟んだ真剣勝負へ。
この展開は、SNS時代に生きる私たちにとって非常にリアルな物語です。
オンラインで繋がった人間関係が、いつかリアルな出会いへと発展していく。
そこには期待と同時に、独特の緊張感やプレッシャーも存在します。
生方が感じる「音が遠のいていく」「呼吸の音はやけに響く」という感覚は、まさにオンラインとオフラインのギャップを象徴しています。
ディスプレイ越しでは感じなかった相手の「存在感」が、リアルの対局では圧倒的な重みとなって押し寄せてくる。
この描写、ネット対戦に慣れ親しんだ世代なら「わかる!」と思わず膝を打ちたくなるのではないでしょうか。
ニーチェと将棋―「深淵」という言葉の深み
今回の話で最も印象的だったのが、ニーチェの有名な言葉「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」の引用です。
この言葉、実はドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作『善悪の彼岸』に登場します。
原文のニュアンスとしては「怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物にならぬよう気をつけよ」という警句であり、悪や闇と向き合う者が、いつの間にかそれに染まってしまう危険性を説いたものです。
ただ、作中でこの言葉が使われるシーンは、ちょっと解釈が難しい。
二宮が指した「より攻撃的かつ相手の猛攻を誘発する一手」を前に、生方は「暗闇が口を開けて獲物を待っている」と感じます。
つまり、この「深淵」とは二宮が仕掛けた戦術的な罠―踏み込めば危険だが、踏み込まなければ真の勝負にならない―という状況を指しているのでしょう。
攻め込もうとした側が逆に攻め込まれる。
将棋という盤上のゲームには、こうした「攻守の反転」が常に潜んでいます。
一手の判断ミスで形勢が逆転する緊張感。
まさに深淵の縁を歩くような世界です。
しかし個人的には、この言葉にはもう一つの意味があると感じました。
生方にとっての「深淵」とは、単なる盤上の罠ではなく、「リアルな世界への恐怖」そのものではないでしょうか。
引きこもっていた過去の自分。
安全な画面の向こう側に留まり続けるか、それとも危険を承知で外の世界へ踏み出すか。
その選択の瞬間こそが、彼女が直面した真の「深淵」だったのだと思います。
「駒音」が鳴らす決意
将棋漫画において、「駒音」は非常に重要なモチーフです。
プロ棋士の対局を見たことがある方ならわかると思いますが、駒を盤に打ちつける音には、その人の決意や自信、時には迷いまでもが表れます。
生方の駒音が響くシーン。
ここには彼女の覚悟が込められています。
「胸を借りに来たんじゃない、戦いに来たんだ」というセリフに象徴されるように、彼女はもう「憧れの人と対戦できただけで満足」という受け身の姿勢を捨てたのです。
木佐貫という師匠的存在からの「殻を突き破れ!」という激励も効いています。
将棋の才能を見出され、その可能性を信じてもらえた。
それだけでなく、憧れの相手である二宮からも「君はその深淵を前にしてのぞかずに通りすぎるようなタマじゃないだろ」と背中を押される。
ここで描かれているのは、単なる将棋の勝負ではありません。
一人の人間が、自分の殻を破り、新しい世界へ踏み出す瞬間の輝きです。
引きこもりだった少女が、リアルな盤の前で、リアルな音を響かせて、リアルな勝負を挑む。
その成長の物語に、思わず胸が熱くなります。
将棋が人を救う―現代における「勝負」の意味
この作品が素晴らしいのは、将棋というゲームを通じて「人間の成長」を描いている点です。
生方にとって、将棋は単なる趣味やゲームではなく、外の世界と繋がる唯一の手段でした。
現代社会において、引きこもりや社会的孤立は深刻な問題です。
でも、オンラインゲームやeスポーツ、あるいは将棋アプリのような「デジタルな繋がり」が、そこから抜け出すきっかけになることもある。
この物語は、そんな希望を感じさせてくれます。
三段リーグという厳しい世界。
ここで戦う若者たちは、プロ棋士という夢に向かって全力を尽くしています。
でも彼らが本当に戦っているのは、盤上の相手だけではないのかもしれません。
自分自身の弱さ、過去のトラウマ、未来への不安―そういった目に見えない敵とも向き合っているのです。
生方が「盤面が語りかけてくるみたい。大切なことを思い出させてくれる」と感じるシーン。
将棋という静かなゲームが、彼女の内面に大きな変化をもたらしていることがわかります。
これは将棋に限らず、何か一つのことに真剣に向き合ったことがある人なら共感できる感覚でしょう。
電脳棋界四天王という存在
プロ棋士でなくてもネット将棋で圧倒的な強さを誇るアマチュアプレイヤーは存在します。
そして近年では、AI(コンピュータ将棋ソフト)がプロ棋士を超える棋力を持つようになり、「電脳」という言葉がより現実味を帯びてきました。
生方が「棋士に固執せず電脳棋界四天王と対局したい」と考えていたという設定は、伝統的な将棋界とデジタルな将棋界の間に存在する価値観の違いを表しているようにも思えます。
どちらが上とか下とかではなく、それぞれに魅力がある。
でも最終的には、リアルな盤を挟んだ人間同士の真剣勝負にこそ、何か特別なものがあるのだと、この物語は語っているのではないでしょうか。
「楽しい」という最高の境地
勝負の最中、生方がふとこぼす「楽しい」という言葉。
これこそが、あらゆる競技やゲームにおける究極の境地かもしれません。
プレッシャーや恐怖、勝ちたいという欲望。
それらを超えた先にある、純粋な「楽しさ」
。
かつて画面越しに感じていた将棋の面白さを、今、リアルな盤の前で再発見している。
その瞬間、生方は完全に「今、ここ」に存在しているのです。
「私は今ここにいる」というセリフも印象的でした。
過去の引きこもっていた自分でもなく、未来の不安に怯える自分でもなく、今この瞬間、この盤の前で、この勝負に全力を尽くしている自分。
その実感こそが、彼女の成長の証なのでしょう。
まとめ―静かな盤上で繰り広げられる熱いドラマ
『盤上のオリオン』第84話は、派手なアクションも劇的な展開もありません。
でも、静かな盤上で繰り広げられる心理戦と、一人の少女の成長物語には、読者の心を揺さぶる力がありました。
ニーチェの深淵という難解な哲学的概念を、将棋漫画の中で見事に表現している点も秀逸です。
(まあ、正直言って完全に理解できたかと聞かれると自信はありませんが…それもまた「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」ということなのかもしれません。え?もういい?すみません。)
次回、生方がどこまで成長した姿を見せてくれるのか。
二宮との対局がどんな結末を迎えるのか。
そして彼女が本当に棋士の道を選ぶのかどうか。
続きが気になって仕方ありません。
将棋を知らない人でも、成長物語として十分に楽しめる作品です。
興味を持った方は、ぜひ週刊少年マガジンをチェックしてみてください!
感想
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている
ニーチェの言葉。
大学時代にこの言葉に出会ったことがある…のを思い出した。
そのときはむずかしいことばを頭の中に入れて、カッコつけて…。
そうそう。
意味は全然考えてなかった。
なんかわかった気になってそのまま忘却の彼方へ。
なつかしい思い出です。
もう少ししっかり理解できるようがんばります。



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