モーニング(講談社)で連載された漫画、佐原実波『ガクサン』に出てきた「文化資本」という言葉を、まとめて解説するページです。
30冊目で、福山は自分の過去をうるしに語りました。参考書だけで一橋大学に合格したのに、まわりとの差は埋められなかった。そのとき福山が挙げたのが、教養、人生の経験値、そして文化資本でした。
おじさんも、言葉は聞いたことがあるけれど、ちゃんと説明はできない。そこで、もとになった社会学の考え方と、日本のデータ、そして「今からできること」を調べてみました。
以下、ガクサン30冊目までのネタバレを含みますので、ご注意ください。
ガクサンで描かれた「文化資本」
30冊目:福山の「別世界」
福山は、都市部から遠い田舎の町営住宅で育ちました。まわりに中学受験をする子はほとんどいない。家は塾に通わせられる経済状況ではない。高校を出たら、専門学校に行くか地元の会社に就職するのが「普通」でした。
転機は、高校の研修旅行で行った東京。他校の生徒たちが、大学のゼミやインターン、就職の採用枠の話を当たり前のようにしていたのです。図書室で奨学金の制度を調べ、参考書で独学して、福山は一橋大学に進みました。
けれど大学では、教養、人生の経験値、文化資本、そして奨学金を借りずに親のお金で遊び、勉強できる環境の差を、話すたびに感じたといいます。新入社員の七海を「別世界の人間だ」と言ったのも、この経験があったからでした。
6冊目:「これが教育格差というものだ」
もっと前の6冊目で、福山は独学で受験する相談者について、正しい勉強の方法がわからないことこそ独学の最大の弱点だ、と話していました。これが教育格差というものだ。それでも、希望はあった。それが参考書だ。30冊目を読むと、あれは福山自身の話だったとわかります。
2冊目・16冊目・18冊目:地元と「選択肢」
2冊目の欄外では、松岡亮二『教育格差』(ちくま新書)が紹介されていました。16冊目では、うるしの高校の友達レナが、地元からでは手の届かない「選択肢」がある、と東京に出てきた理由を話します。18冊目では、うるしが子どものころに通った地元の本屋さんが、もうなくなっていました。
うるし自身も、30冊目で、本が好きで東京なら文化的なものに浸れると思った、友達もみんな進学した、亡くなった父が大学には行っておけとお金を残してくれた、と上京の理由を語っています。ガクサンは、ずっと「どこで、どんな家に生まれたか」と学びの関係を描いてきた作品なのです。
文化資本ってなに?
「文化資本」は、フランスの社会学者ピエール・ブルデューが広めた考え方です。お金(経済資本)や人脈(社会関係資本)と同じように、家庭で受け継がれる教養や習慣、ものの見方も「資本」として働き、学校での成功や将来に影響する、と考えました。(Bourdieu, 1986)
ブルデューは、文化資本を3つの形に分けています。
| 番号 | 形 | どんなものか | 例 |
|---|---|---|---|
| 1 | 身についた文化資本 | 体や頭に染みこんだ知識・教養・話し方・好み | 本を読む習慣、美術館の楽しみ方、言葉づかい、「勉強すること」が当たり前の感覚 |
| 2 | モノとしての文化資本 | 家にある文化的なもの | 本、辞書、図鑑、楽器、絵画 |
| 3 | 制度になった文化資本 | 社会が認める証明 | 学歴、資格、卒業証書 |
ポイントは、1つ目の「身についた文化資本」は、お金で一気に買えず、時間をかけて家庭の中で自然に受け継がれるということ。本人は「努力」したつもりがなくても、生まれた家ですでに身についている。だから、持っている人には見えにくく、持っていない人ほどその差を痛感します。
学校のテストや入試は、こうした「身についたもの」を持つ子どもに有利な形をしている――そうして親から子へ有利・不利が受け継がれていくことを、ブルデューは「再生産」と呼びました。
福山の話を「文化資本」で読み解く
30冊目の福山の話を、3つの資本で整理してみます。
- 経済資本:塾に通えない、奨学金を借りて大学へ。まわりは親のお金で遊んで勉強できた
- 社会関係資本:まわりに大学進学の話をする大人や先輩がいない。研修旅行で偶然、他校生の会話を聞くまで「広い世界」を知らなかった
- 文化資本:参考書で学力(制度化された文化資本=一橋大学の学歴)は手に入れた。でも、教養や経験、ふるまいといった「身についたもの」の差は埋まらなかった
福山の、これまでいた世界を出るためだけに勉強した、最初から広い世界で何をするか考えてきた人には追いつけない、という言葉は、まさに学歴は追いつけても、身についた文化資本は追いつきにくいことを表しています。
アメリカの研究でも、家族で初めて大学に進んだ学生は、大学の「当たり前」(自分の意見を言う、自分で選ぶ、といった文化)になじみにくく、それが成績の差にもつながりうると報告されています。(Stephens ほか, 2012)
おじさんの小さい頃は、やはり家庭の環境が大事だなと痛感してました。というのも、おじさん家は、親は一応大学には行っているけど、決して本が身近にあるというような環境でなかったのです。進学校に通ってた私は、同じ学校の同級生たちをみていると福山が感じたようなことを思っていました。もちろん、当時文化資本なんていうことばは知りませんでしたが、やはり、最後の受験を目前にすると、この差が大事だなと思ったのを覚えています。
データで見る「家庭と学力」
日本の全国学力テストから
全国学力・学習状況調査の保護者アンケートを分析した研究では、家庭の収入や親の学歴が高いほど、子どもの平均正答率が高い傾向がはっきり出ています。(文部科学省 全国学力・学習状況調査 保護者調査の分析, 2014)
一方で、同じ分析では、家庭の条件が厳しくても学力が高い子どもたちもいて、その家庭には、本や新聞にふれる機会がある、規則正しい生活をしている、読み聞かせをしていた、といった共通点が見られました。文化資本は、お金だけで決まるものではない、ということです。
松岡亮二『教育格差』は、こうした日本のデータをまとめ、生まれた家や地域によって、教育の機会や結果に差があることを示した本です。2冊目の欄外で紹介されていたのもこの本でした。
家にある本の数
31の国と地域の大人を調べた研究では、10代のころ家に本が多かった人ほど、大人になってからの読解力・計算力・ITの力が高い傾向がありました。親の学歴や職業を考えに入れても、この関係は残ります。(Sikora ほか, 2019)
効果が大きいのは、本がほとんどない家と、ある程度ある家の差でした(報道では「80冊ほどあると効果が出る」と紹介されています)。「家に本がある」こと自体が、本を手に取る習慣や、本を大事にする空気を育てているのでしょう。18冊目で、うるしが地元の本屋さんがなくなったことにさみしさを感じていたのも、つながって見えます。
「意図して育てる」家と「自然にまかせる」家
アメリカの社会学者アネット・ラローは、いろいろな家庭の生活を観察しました。中流以上の家庭では、親が習い事や会話を通して意図して子どもの力を育てる傾向があり、子どもは大人と対等に話し、自分の希望を伝えることに慣れていきます。(Lareau, 2003)
労働者層の家庭では、子どもの自然な成長にまかせることが多く、それにはのびのび遊べるというよさもあります。ただ、学校や大学は前者のふるまいを「できる子」と評価しやすい。どちらが正しいかではなく、学校がどちらに合わせて作られているかの問題なのです。
差は縮められる?
ここまで読むと、生まれで決まってしまうのか、と暗い気持ちになるかもしれません。でも、研究には希望のある結果もあります。
「違い」を知るだけで、差が縮まった
家族で初めて大学に進んだ新入生に、先輩たちが自分の生まれ育ちが大学生活にどう影響したか、そしてどう乗り越えたかを話す会に参加してもらった実験があります。参加した学生は、大学の支援を自分から使うようになり、1年目の成績の差も縮まりました。(Stephens ほか, 2014)
「自分が苦労しているのは能力のせいではなく、知らなかっただけ」とわかること。それだけで、行動が変わるのです。
日本の支援制度
日本では、2020年度から「高等教育の修学支援新制度」が始まり、条件を満たす家庭の学生は、大学などの授業料の減免と、返さなくてよい給付型奨学金を受けられるようになりました。くわしくは、文部科学省や日本学生支援機構(JASSO)のサイトで確かめてください。
福山が図書室のパソコンで奨学金を調べたように、まずは「知る」ことが、選択肢を広げる第一歩です。
参考書と図書館
そして、福山の言う「希望」――参考書。参考書や図書館の本は、塾に通えなくても、まわりに相談できる大人がいなくても、誰でも手に取れる「モノとしての文化資本」です。
ガクサンのお客様ご相談係は、その参考書の使い方を、誰にでも教えてくれる場所。福山がなぜこの仕事にこだわるのか、30冊目を読むと少しわかる気がします。
今からできること
| 番号 | 名前 | やること |
|---|---|---|
| 1 | 本を身近に | 図書館を使う。家に子ども向けの本や図鑑を少しずつ置く |
| 2 | 話す | 読んだ本、見たニュースについて家族で話す |
| 3 | 外に出る | 美術館・博物館・大学のオープンキャンパスなど、無料や安いイベントに行く |
| 4 | 人に会う | 進学や仕事の話を聞ける先輩・大人とつながる |
| 5 | 制度を調べる | 奨学金・授業料の減免など、使える支援を早めに調べる |
| 6 | 参考書を味方に | 塾に通えなくても、参考書で学び方を身につける |
| 7 | 違いを責めない | 差は「能力」ではなく「環境」の違いでもある、と知っておく |
文化資本チェックリスト(できることから)
[ ]近くの図書館のカードを作った[ ]家族で本やニュースの話をした[ ]博物館や美術館、大学のイベントに行ってみた[ ]進学や仕事について、話を聞ける人を一人見つけた[ ]奨学金や修学支援の制度を調べた[ ]「自分にはない」ことを、能力のせいだと思いこまないようにした
※文化資本の考え方は、家庭や人を良い・悪いと決めつけるためのものではありません。差がどこから生まれるのかを知り、それを縮める手がかりにするための考え方です。
参考文献
- Bourdieu, P. (1986). The forms of capital. In J. G. Richardson (Ed.), Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education (pp. 241–258). Greenwood.
- Stephens, N. M., Fryberg, S. A., Markus, H. R., Johnson, C. S., & Covarrubias, R. (2012). Unseen disadvantage: How American universities’ focus on independence undermines the academic performance of first-generation college students. Journal of Personality and Social Psychology, 102(6), 1178–1197.
- Stephens, N. M., Hamedani, M. G., & Destin, M. (2014). Closing the social-class achievement gap: A difference-education intervention improves first-generation students’ academic performance and all students’ college transition. Psychological Science, 25(4), 943–953.
- Sikora, J., Evans, M. D. R., & Kelley, J. (2019). Scholarly culture: How books in adolescence enhance adult literacy, numeracy and technology skills in 31 societies. Social Science Research, 77, 1–15.
- Lareau, A. (2003). Unequal Childhoods: Class, Race, and Family Life. University of California Press.
- 文部科学省『平成25年度 全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)』保護者に対する調査の追加分析(お茶の水女子大学 委託研究、2014)
- 松岡亮二(2019)『教育格差――階層・地域・学歴』ちくま新書
まとめ
文化資本とは、家庭の中で自然に受け継がれる教養や習慣、本、そして学歴のこと。それは学校での成功に影響し、親から子へと受け継がれやすい。福山が一橋大学で感じた「埋められない距離」は、学歴では追いつけても、身についた文化資本には追いつきにくい、という現実でした。
でも、福山は同時に、6冊目でこうも言っていました。それでも、希望はあった、それが参考書だ、と。
差がどこから来るのかを知ること。図書館や参考書、支援制度という「誰でも使える資本」を使うこと。知ることで、選択肢は広がる。福山が研修旅行の駅で気づいたように、広い世界は、知った瞬間から少しだけ近くなるのだと思います。

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