モーニング(講談社)で連載された漫画、佐原実波『ガクサン』のネタバレと感想・考察をお届け。
30冊目は「うるしとノートのとり方②」。ごちゃごちゃノートへの福山の答え「諦めろ そして頼れ」の意味が明かされます。そして後半は、屋上のコーヒータイム。これまでほとんど語られなかった福山の子ども時代と、一橋大学に進んだ理由が語られる、シリーズでも指折りの重要回です。
以下、ネタバレを含みますので、ご注意ください。
ガクサン 30冊目「うるしとノートのとり方②」あらすじ(ネタバレ注意!)
前回までのあらすじ
うるしを柱の陰から見ていたのは、新入社員の宮下七海。東大卒の七海は、福山を「ジョーさん」と呼んで慕っていました。
相談者のりーんずさんは、授業・演習・塾とノートが何冊もあって整理できない、と悩んでいます。七海は、授業中から一冊にまとめて一元化すればいい、と答えますが、福山は、きれいなノートをとるのはできる奴だけやればいい、とストップ。そして、ごちゃごちゃノートへの答えとして、諦めろ、そして頼れ、と言い放ったのでした。
前回の記事はこちら → 【ガクサン 29話ネタバレ】29冊目|うるしとノートのとり方①。東大卒の新人・宮下七海と福山の下の名前「譲」――「きれいなノートはできる奴だけ」、ごちゃごちゃノートには「諦めろ そして頼れ」
「頼れ」の答えは参考書
諦めろ、というのは、ノートやプリントを整理してまとめるのを諦める、ということ。福山は、七海のように授業中からできるなら別だが、ノートにこだわるのは非効率だ、とくり返します。
その言葉に、七海はぴくり。頭に浮かんだのは、東京大学の2次試験の日、ノートを抱きしめて「これだけ勉強したんだから大丈夫」と自分に言い聞かせていた姿でした。
福山の答えは、ノートに軸足を置くのをやめる。そして、ここからが参考書出版社の出番だ、と取り出したのは、いぶき社の『トップ英語例文集』。以前、営業用に作ったサンプルです。
これをマスターすればOK、という一冊を決め、それをベースに勉強を進める。英語なら例文集、歴史なら教科書でもいい。受験ならなるべく網羅的なもの。足りない情報や、まちがえやすいところのメモはどんどん書きこむ。マーカーを引いて暗記してもいいし、図や表を貼り足してもいい。最近の参考書は余白が大きいから活用しやすい、と福山。
七海は気づきます。それは自分が作っていたノートと中身は同じ、でもずっと早く簡単にまとめられる。福山も、最後はこの一冊を覚えるという「原点」に帰ってくればいい、という意味では同じだ、とうなずきました。
七海の反発と「指導」
これなら私でもできそう、と目を輝かせるうるし。ところが七海は、私はノートにまとめるのがよかったし、成績もよかった、その結果として譲さんを追いかけてこられた、間違ってません!!と声を上げます。
福山は、いいかげんにしなさい、と静かにたしなめます。自分の考え方に固執するのはやめろと「指導」したはずだ、と。
指導? と目を丸くするうるし。回想に出てきたのは、おさげ髪の小さな七海。私はこれで覚えたいんです、口を出さないでください!と言い張り、そのあと点数を下げてしまった姿でした。
そんなのわかってます、子ども扱いしないでください、と真っ赤になる七海。さらに矛先はうるしへ。二人きりの部署だからって調子に乗らないでくださいよ、どれだけすごい人かと思ったら、こんなぼけーっとした……。最後は覚えてなさいよっ!!と捨てゼリフを残して走り去っていきました。
「昔の教え子だ」
あっけにとられるうるしに、福山は、ほうっておけ、と一言。七海は、福山が学生時代にやっていた家庭教師の教え子だったのです。子どものころから変わらんな、と福山。
なんだ、とほっとするうるし(そして、ほっとした自分にとまどううるし)。福山さんのことが好きみたいですね、と探りを入れると、福山は、好意があるのはわかるが全く見合わない、と即答します。出会ったころ、福山は21歳で七海は13歳。若い先生は誰でもよく見える時期だ、それで俺が好意を持ったらヤバすぎるだろう、と。
そして福山は、こう付け加えました。あいつは育ちもいいし、もともと頭もいい。別世界の人間だ――。
屋上のコーヒー
別世界、という言葉がひっかかったうるしは、思いきって、ちょっとコーヒーでも飲みませんか、と福山を誘います。おごりで。
屋上のベンチ。福山の手にはいつものいちごみるく。こういう時間を持つのは初めてかも、とどきどきするうるしに、福山がたずねます。茅野は文学部だったな、なんで地元を出てこっちの大学に入ったんだ。
本が好きで、東京に来たら文化的なものにいろいろ浸れるかなって、とうるし。福山に、その頃からミーハーなサブカルかぶれか、と言われて、そうですけど!?とむくれます。それから、友達もみんな進学する環境だったし、亡くなった父が大学は行っておけと言って、お金を残してくれていた、と続けました。
福山は少しだまって、そうか、とだけ答えます。
「ぼんやりした冴えない子供だった」
今度はうるしがたずねる番です。福山さんは一橋大学の社会学部だと聞きました、地元は北関東でしたよね、どうしてですか。昔から勉強や参考書が好きな、優秀な子だったんですか?
福山の答えは意外なものでした。ぼんやりした冴えない子供だった。勉強も特別できたわけじゃない。
都市部から遠い、田舎の町営住宅で育った。まわりに中学受験をする子はほとんどいない。家も、塾に通わせられる経済状況ではなかった。ぼんやりと中の下の高校の普通科に進み、優等生にも不良にもなれない、居場所のない、ただ背の大きい奴だった。やりたいことがある者は専門学校へ、そうでない者はそのまま地元の企業に就職する。それが普通で、そこが福山の世界でした。
「どこにでも行けるんじゃないか?」
転機は、高校の研修旅行で東京に行ったとき。駅で居合わせた他校の生徒たちが、大学のゼミやインターン、採用の枠の話を当たり前のようにしていたのです。もっと広い世界を見ている人間がいる――。
学校の図書室のパソコンで、大学受験の情報と奨学金の制度を調べた福山は、ふと思います。もしかして、俺もどこにでも行けるんじゃないか(このセリフは感想で)。それからは、がむしゃらにしがみつくだけだった。
参考書での勉強も、大学の授業も楽しかった。けれど、高校のころから「別世界」の話をしていた人たちとの距離は、結局埋められなかった。教養、人生の経験値、文化資本。奨学金も借りずに親のお金で遊び、勉強させてもらえる環境。話すたびに、自分が持っているものの少なさに気づかされた。
俺は、これまでいた世界を出るためだけに勉強した人間だった。最初から広い世界で何をするかを考えてきた人たちには、今さら追いつけない。それでも、自力で世界を出てきた自負があったから、編集者になって、せめてそこだけは胸を張れた。――でも、それも終わった話だ、と福山は言います。
「ありがとうございますっ」
七海さんが別世界って、そういうことですか、とうるし。福山は、そうだ、と答えます。あれだけ恵まれている奴が、なぜ俺を追いかけるのかわからない。なんでも持っているから、授業中にノートをとるだけで精一杯な子の感覚もわからない。それすらわからないなら、俺の本質なんて見えていないんじゃないか――。
妙なことを話しすぎたな、ただコーヒーを飲むつもりが、と立ち上がる福山。その背中を追いかけて、うるしが言ったのは、ありがとうございますっ。
ふり返った福山の返事は、は? のひと言でした。31冊目へ続きます。
【ガクサン流・ノートのとり方②】「軸足の一冊」に書きこんで育てる
29冊目の「きれいなノートはできる奴だけ」に続いて、30冊目で福山が示したのは、ノートではなく参考書を「軸足の一冊」にする方法でした。研究の目で見てみます。
1. 情報は「一か所」にあるほうが頭にやさしい
図と説明文が別々の場所にあると、読む人は頭の中で行ったり来たりしながら結びつけなければならず、そのぶん理解に回す力が減ります。説明を図のすぐそばに置くと学びやすくなることが、実験で確かめられています(「注意の分散効果」)。(Chandler & Sweller, 1991)
授業ノート、演習ノート、塾のノート、プリントとあちこちに情報が散らばっているのは、まさにこの状態。参考書という「すでに整理された一冊」に、足りない情報を書きこんで集めるのは、ゼロから自分で一冊を作るよりずっと手軽に「一か所」を作るやり方です。
2. マーカーは「引くだけ」で終わらせない
福山は、この一冊にマーカーを引いて暗記してもいい、と言いました。ただし、学習法を比べた大規模なレビューでは、マーカーを引くこと自体の効果は低めと評価されています。(Dunlosky ほか, 2013)
マーカーは「ここが大事」という目印として使い、そのあと赤シートで隠して思い出したり、問題を解いたりするのが大事です。13冊目の赤シート、29冊目の「まとめ直すより問題演習」とセットで使いましょう。
3. 書きこむほど「自分の一冊」になる
自分で手をかけたものほど価値を感じやすい、という研究があります(いわゆる「IKEA効果」)。(Norton ほか, 2012)
福山の、愛着も同じようにわくだろう、という言葉はこれに近いもの。8冊目の「愛し続けた結果として、その一冊が運命になる」とも重なります。書きこみだらけの参考書は、世界に一冊だけの「お守り」になります。
4. 一冊の選び方
福山の基準は、
- 日々の勉強なら、教科書をベースにしてもいい
- 英語なら例文集、歴史なら教科書など、その教科の「核」になる本
- 受験ならなるべく網羅的なもの
- 余白が大きく、書きこみやすいもの
というものでした。中身に足りないところがあっても、書きこんで補えばいい、という考え方です。
ぱっと見まとめ:軸足の一冊の作り方
| 番号 | 名前 | やること |
|---|---|---|
| 1 | 一冊を決める | 教科ごとに「これをマスターすればOK」という参考書・教科書を選ぶ |
| 2 | 書きこむ | 授業や塾で聞いたこと、まちがえやすい所をその本の余白に書く |
| 3 | 貼り足す | プリントの図や表は切って貼る |
| 4 | 思い出す | マーカーの所を隠して思い出す・問題を解く |
| 5 | 原点に帰る | 迷ったらこの一冊に戻り、最後はこれを覚えきる |
軸足の一冊チェックリスト(30冊目から)
[ ]教科ごとに「軸足の一冊」を決めた[ ]ノートをきれいにまとめ直すのをやめた[ ]授業や演習で気づいたことを、その本に書きこんだ[ ]マーカーを引いた所を、隠して思い出す練習をした[ ]わからないときは、まずその一冊を開いている
参考文献
- Chandler, P., & Sweller, J. (1991). Cognitive load theory and the format of instruction. Cognition and Instruction, 8(4), 293–332.
- Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving students’ learning with effective learning techniques. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4–58.
- Norton, M. I., Mochon, D., & Ariely, D. (2012). The IKEA effect: When labor leads to love. Journal of Consumer Psychology, 22(3), 453–460.
ガクサン 30冊目 感想・考察
【今回の一番】「もしかして 俺も どこにでも行けるんじゃないか?」
30冊目でいちばん心をつかまれたのは、高校生の福山が、図書室のパソコンの前で思ったこの言葉でした。
「…もしかして 俺も どこにでも行けるんじゃないか?」
これまで「参考書オタク」「歩く資料室」として、知識の塊のように描かれてきた福山。その出発点は、ぼんやりした冴えない子どもで、まわりに大学の話をする人さえいない環境でした。
5冊目で山崎さんは、福山が参考書だけで一橋大学に合格した、と話していました。6冊目で福山は、独学の最大の弱点は「正解がわからない」ことだと言い、これが教育格差というものだ。それでもだ、希望はあった。それが参考書だと語りました。
あの言葉は、一般論ではなく、福山自身の体験だったのです。6冊目の記事で、おじさんは回想の「台所のテーブルでひとり勉強する少年」を若いころの福山ではないか、と書きましたが、30冊目でそれがはっきりしました。
「頼れ」は、やっぱり参考書だった
29冊目の記事で、おじさんは「頼れ」の答えを「参考書に頼れ」と予想しましたが、当たっていました。
七海の方法は「完ペキな一冊を自分で作る」。福山の方法は「完ペキな一冊はもうある。それに書きこんで自分のものにする」。中身は同じでも、かかる手間がまるで違う。授業についていくだけで精一杯の子でも、これならできる。
そして福山が取り出したのが、自分が営業用に作ったサンプルだった、というのもぐっときます。わからない人がわかるようにできる編集者だった(10冊目、山崎さん)福山が、ご相談係になった今も「参考書を作った人」として答えている。参考書出版社の出番だ、という言葉には、作り手の誇りがにじんでいました。
「指導」と七海の素顔
七海の、間違ってません!!には、ノートにまとめたからこそ東大に受かり、福山を追いかけてこられた、という自負がつまっています。でも、子どものころの七海は、自分のやり方に固執して点数を落とし、福山に「指導」されていました。
29冊目の記事で、おじさんは七海を「昔の福山の鏡」と書きました。17冊目の福山は、正しいことを曲げずに編集部を外されました。七海もまた、正しいかどうかより、自分のやり方を手放せない人なのかもしれません。福山が「だいたい間違いだとは言ってない」と小さくつぶやくのは、七海の中にかつての自分を見ているからではないでしょうか。
捨てゼリフの「覚えてなさいよっ!!」も含めて、七海はまだ13歳のころのまま。うるしの「やつあたり……」には笑ってしまいました。
福山の言う「別世界」と文化資本
福山の口から出た「文化資本」という言葉。フランスの社会学者ブルデューが広めた考え方で、家庭で自然に身につく教養や話し方、本や芸術へのなじみなどが、学歴や社会での成功に影響する、というものです。
福山が一橋大学で社会学部を選んだこと、そして「文化資本」という言葉で自分の過去を語ることは、偶然ではないように思えます。勉強で世界を出ることはできた。でも、教養や経験の差は埋められなかった。参考書では届かないものがあることを、福山は誰よりも知っているのです。
アメリカの研究でも、家族で初めて大学に進んだ学生は、大学の「当たり前」になじみにくく、それが成績にも影響しうると報告されています。(Stephens ほか, 2012)Stephens, N. M., Fryberg, S. A., Markus, H. R., Johnson, C. S., & Covarrubias, R. (2012). Unseen disadvantage: How American universities’ focus on independence undermines the academic performance of first-generation college students. Journal of Personality and Social Psychology, 102(6), 1178–1197.
そう考えると、15冊目の「編集外された俺」、17冊目の追い出された過去は、福山にとって「唯一胸を張れたもの」を失った出来事だったことになります。でもそれも終わった話だという言葉の重さが、いままでとは違って聞こえました。
「ありがとうございますっ」の意味
福山は、七海を「なんでも持っているから、ノートをとるだけで精一杯な子の感覚がわからない」と言いました。裏を返せば、福山には、その感覚がわかるということです。
19冊目で、ゆかりの母あかねさんに「今が踏ん張り時です」と言ったとき。26冊目で、読み書きに困る子を「努力不足」と片づけてはいけない、と言ったとき。福山がいつも「できない側」の目線で答えてきた理由が、30冊目でようやくつながりました。
うるしの「ありがとうございますっ」は、自分の過去を話してくれたことへのお礼であり、26冊目で福山に「人の気持ちなんてわからないくせに」とぶつけた自分への答えでもあったのだと思います。人の気持ちがわからないどころか、福山は「わかってもらえない側」の気持ちを、ずっと抱えてきた人でした。
そして、うるし自身も、地方から東京に出てきて、父の残したお金で大学に行った人。福山と「同じ側」に立てる人です。は?と返した福山に、うるしが何を伝えるのか。31冊目が楽しみです。
まとめ
- 「諦めろ」はノートをまとめるのを諦めること、「頼れ」は参考書に頼ること
- 福山「ノートをまとめないかわりに、軸足を置く一冊を決めろ」。書きこみ・マーカー・図表の貼り足しで育てる
- 七海は「間違ってません!!」と反発、福山は「固執するのはやめろと指導したはず」
- 七海は福山の家庭教師時代の教え子(出会ったとき福山21歳・七海13歳)。「覚えてなさいよっ!!」
- 屋上のコーヒーで、うるしは東京に出てきた理由を、福山は自分の過去を語る
- 福山は北関東の田舎の町営住宅育ち。「ぼんやりした冴えない子供だった」
- 研修旅行で広い世界を知り「どこにでも行けるんじゃないか」→参考書で一橋大学へ
- それでも埋まらなかった「文化資本」の差。編集者の職だけが胸を張れるものだった
- うるし「ありがとうございますっ」、福山「…は?」――31冊目へ
30冊目は、ノートのとり方の答えと、福山という人の原点が一度に明かされた回でした。参考書に救われた少年が、参考書を作る人になり、今は参考書の相談に答えている。31冊目が待ちきれません!
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