高校3年の夏、インターハイを最後に、巻島裕介はイギリス・ロンドンへ渡りました。
兄の服飾ブランドを手伝いながら、トールウェッソン大学に通う日々。そこへ海を越えて届き続けたのが、小野田坂道と東堂尽八からの手紙です。
手紙を読み、写真を眺め、「行かねえ」と決めたはずの気持ちが揺れていく――SPARE BIKEの“巻島裕介”シリーズは、遠く離れた場所から仲間を想う、静かで熱いエピソードでした。
この記事では、前半で物語の流れをまとめ、後半でこのおじさんなりの感想・考察を書いていきます。
該当話数はspare.97、124、130、131、134(巻島裕介9〜13)を参照しています。手紙の全文や兄貴の服のデザインは、ぜひ本編でお楽しみください。
ロンドンの朝と、兄貴の「二人羽織」パーカー
ある朝、巻島の元に一通の封筒が届きます。柄を見ただけで差出人がわかる――小野田からの手紙です。
ところが開封する前に、兄が徹夜で仕上げた新作を着てみろと言い出します。コンセプトは「二人羽織」、つまりフードが2人分ついたパーカー。裏地は「京都の碁盤の目」をイメージしたはずが、どう見てもイギリスのギンガムチェックです。
ツッコミを入れつつも、巻島は内心「ちょっと悪くねぇ」と思っています。「裕介もデザインやってみるか」と言われて「オレファッションセンスフツーだからな」と返す巻島ですが、独特すぎて自分ではフツーだと思っているという注釈つき。
朝ごはんを作り、寝ている兄の分を置いて出かけていく――ロンドンでの巻島は、しっかり者の弟でした。
桜と卒業式、そして“真っ赤なジャージ”
ロードバイクで出かけた先で、巻島は小野田の手紙をじっくり読みます。
日本を離れて7か月。鳴子が見つけてきた桜の公園、金城は静岡の大学へ、田所は茨城の大学へ進学したこと。青八木が田所の引っ越しを手伝って「大学は窓がでかい」と感想を漏らしたこと。同封されていたのは、寒咲さんが撮った金城たちの卒業式の写真でした。
「ありがとヨォ…坂道」
そしてもう一通。珍しく手紙で届いたのは東堂からでした。写真に写っていたのは、見たことのない新しいジャージを着た東堂の姿。
「あいつブルーのイメージ強いからな……けど似合ってるショ」
カチューシャまで色を合わせた、真っ赤なジャージ――この時点ではまだ、それがどこの大学のものなのか、巻島は知りません。
「YAGI」ブームと、東堂の手紙の結び
季節は初夏へ。大学では、巻島のTシャツに書かれた「YAGI」の文字に同級生が食いつきます。「山羊」だと説明すると「GOAT! YAッGIー‼」と大ウケし、いつの間にか巻島のあだ名は「YAGI」に。
巻島はそれを見て、「流行」ってのは他の文化を見て「へー」と思ったところから生まれるものだと考えます。台所に洗濯機が並ぶイギリスの家に「シュールショ!!」と思っている自分も、同じなのだと。
そこへ東堂から再び手紙が届きます。大学で新しいチームを立ち上げ、6月にその初戦を走ったという報告。同封の写真には――
「おわっ田所っち!? 東堂と同じジャージ着てるショ!?」
「赤すげえ似合わないショ!!」と笑いつつ、荒北と金城が同じジャージ、石垣の姿もあることに驚く巻島。レース結果は東堂の2位でした。
東堂の手紙は、いつも同じ言葉で締めくくられています。
「共に走れる日を期待しているよ」
巻島は、大学の掲示板で見かけた日本の姉妹校への4週間の秋季短期留学の募集を思い出します。「さすがにそれは」と打ち消しながらも、兄に相談してみようと決めるのでした。
書類と振袖、兄の「いいよ」
留学の書類を提出しに行った巻島。担当の職員が興味を持ったのは、兄のブランドの上着でした。裾を持ち上げると、魚と花が広がる「FURISODE(振袖)」のような柄が現れ、「Beautiful!」「Maiko!」と大ウケ。
家に帰って秋の留学のことを切り出すと、兄はあっさり答えます。
「いいよ 秋ならちょうど店も忙しさから一息ついた頃だろう おまえはしばらく日本にも帰ってないしな」
そして、こう付け加えるのです。
「けどいいのか夏は裕介 “インターハイ”てのには応援いかなくて」
インターハイ前、最後の手紙
巻島は「あいつらはあいつらでちゃんとやるっショ」と答えます。秋に留学するのに夏も帰るなんて贅沢だ、と。
でも、小野田からの「インターハイ前最後の手紙」を前に、巻島は封を開けられずにいました。
「ダメだ裕介 この手紙開けて読んだら日本にすっとんでいきたくなる」
意を決して読んだ手紙には、去年のインターハイで総北が優勝できたことを「すごくうまくいった年だった」と振り返る言葉、そして「少し不安はありますけど」という一文がありました。
「遠くから応援して下さい 小野田坂道」
「決めたのに‼ 行かねえって決めたっショ!!」
叫ぶ巻島に、兄が背中を押します。
「応援してこい その瞬間は一度しか訪れない 存分に行ってこい裕介」
6時間遅れの機内で
こうして日本行きの飛行機に乗った巻島。ところが出発が6時間遅れ、小野田たちのスタートには間に合いそうもありません。
「何やってんだオレ」「いやオレは悪くないショ」「いやケドやっぱ悪いショ」と一人で揺れる巻島。
「熱心に手紙くれたからなァ 不精なオレが手紙返さねぇってのに熱心に… だから…そんぐらいのことはしてやりたかった…」
そして、手紙をくれたもう一人のことを思い出します。今回の帰国では会えないだろう東堂。でも、「どこかで会う気がビシビシしてきた」。
「ヤバイ… 何かすげー楽しみになってきたっショ日本!」
感想・考察
「フツー」だと思っている男の、ロンドンでのフツーの日常
まず、このおじさんがニヤニヤしてしまったのは、ロンドンでの巻島の生活の描き方です。
朝ごはんを作って、寝ている兄の分を置いて、学校へ行く。同級生にTシャツをいじられ、台所の洗濯機にツッコミを入れる。高校時代は”孤高のクライマー”に見えていた男が、異国でごく普通の大学生をやっているんですよね。
しかも兄の変な服を「ちょっと悪くねぇ」と思っているあたり、やっぱり巻島家の血筋なんだなと。本人は「センスフツー」のつもりなのが、また巻島らしいところです。
手紙という“時差”のあるメディア
このシリーズで一番効いているのは、連絡手段が「手紙」だという点だと思います。
メールやメッセージならすぐに届くのに、小野田も東堂もわざわざ手紙を書く。写真を同封したいからという理由もあるでしょうが、手紙には届くまでの時間があります。
桜の話が届くころ、ロンドンはまだ寒い。卒業式の写真を見るころ、日本ではもう新しい生活が始まっている。この”ずれ”が、巻島が遠くにいることを読者にも実感させてくれるんです。
そして、不精な巻島はほとんど返事を書かない。それでも何通も送り続けた小野田の律儀さに、胸が熱くなりました。
「真っ赤なジャージ」は、1年がかりの伏線だった
SPARE BIKEをまとめて読むと、東堂の赤いジャージがとんでもない伏線になっていることがわかります。
東堂尽八と巻島裕介の“別れ”の記事で紹介したとおり、東堂は巻島の留学先と筑士波大学が姉妹校だと知ったうえで志望校を変えていました。つまり東堂が赤いジャージの写真を送るのは、「いつか一緒に走れるかもしれない」という小さな可能性に賭け続けている証なんですよね。
一方の巻島は、そんなことは露知らず「大学名は書いてねぇな」とつぶやいている。この温度差が、のちの留学編で最高の形で回収されます。
兄貴の「その瞬間は一度しか訪れない」
今回、MVPを挙げるなら間違いなく巻島の兄です。
変な服ばかり作っている人ですが、弟のことはちゃんと見ている。秋の留学を「いいよ」と即答し、さらにインターハイのことまで気にかけている。弟が「行かない」と口では言いながら、本当は行きたいことを見抜いているんですよね。
「その瞬間は一度しか訪れない」
高校時代の巻島は、渡英のことを誰にも言えず、東堂にすら最後まで告げられなかった男です。そんな不器用な弟の背中を押せるのは、きっとこの兄だけなのだと思います。
6時間の遅延と、「いやオレは悪くないショ」
機内の場面は、コミカルなのに切ないです。
「オレは悪くない」「いややっぱ悪い」と自問する巻島。小野田のスタートを見られないことを、本気で悔やんでいる。
「ちょっとは背中押せたのになァ」という言葉には、去年のインターハイで小野田の背中を押してきた先輩としての想いが詰まっています。手紙を返さなかった分、せめて会場で応援したかった――不精で不器用な男なりの、精一杯の恩返しだったのでしょう。
そして最後の「何かすげー楽しみになってきたっショ日本!」。重たくなりかけた空気を、巻島自身がひっくり返して終わる。この軽やかさがたまりません。
まとめ
イギリスに渡った巻島裕介の日々は、小野田と東堂から届く手紙によって、日本とつながり続けていました。
- ロンドンで兄のブランドを手伝いながら大学に通う巻島
- 小野田の手紙で知る総北の近況と、東堂の「真っ赤なジャージ」
- 東堂の手紙の結び「共に走れる日を期待しているよ」が、秋の短期留学への一歩に
- 兄の「その瞬間は一度しか訪れない」に背中を押され、夏のインターハイへ
「行かねえ」と決めた男が、手紙に動かされて海を越える。SPARE BIKEの巻島シリーズは、離れていても、仲間はちゃんとつながっていることを教えてくれるエピソードでした。
この後、巻島は秋の短期留学で再び日本へ。その先で待っていたのは、あの“赤いジャージ”の男との奇跡の再会です。続きは巻島裕介の日本留学編まとめでご紹介します。

コメント