「巻……ちゃん……‼」
イギリスに渡った巻島裕介と、日本に残った東堂尽八。「共に走れる日を期待しているよ」と手紙に書き続けた東堂の願いは、誰も予想しなかった形で叶うことになります。
秋の短期留学で日本へ戻ってきた巻島。行き先は、姉妹校の「筑…ナントカ大学」。一方の東堂は、筑士波大学自転車競技部の「最後の一枚のジャージ」を、ほかの誰かに渡そうとしていました。
この記事では、SPARE BIKEの“留学編”の流れを前半でまとめ、後半でこのおじさんなりの感想・考察を書いていきます。
該当話数はspare.146〜153(留学1〜8)を参照しています。峠での再会シーンの表情は、ぜひ本編でお確かめください。
黒いジャージを持って、再び日本へ
夏の終わり、巻島はトールウェッソン大学の1か月間の秋季短期留学に申し込み、許可をもらいます。イギリスから日本へ「留学」するのもおかしな話ですが、目的は日本の文化と言語を学ぶカリキュラム。
姉妹校の名前は「筑…えーまぁ何とかって大学」。巻島はうろ覚えのまま、着いたら金城に連絡して、秋のレースにオープン参加させてもらおうと計画します(完全に丸投げです)。
レース用に買ったのは、黒地に緑のさし色のジャージ。
「レースの最中ヤツが…オレの存在に気づいた時… 気付くか?東堂……‼」
同級生のエンタシャとコーリー(巻島を「YAGI!」と呼ぶ2人)のハイテンションに押されながら、巻島は日本へ飛び立ちます。
筑士波大学の学祭前夜と、東堂の「期待するな」
その頃、茨城県つくば森市の筑士波大学は学園祭の準備で大にぎわい。糸川修作は、空手部の先輩が姉妹校トールウェッソン大学への交換留学で不在だと嘆きます。
それを聞いた東堂の表情が変わります。向こうからも留学生が来るのか。名簿は学生課に貼ってあるのか――。
「あの男なら やりかねない‼」
学生課まであと100m。ところがそこへ田所迅が現れ、次の六溝山レースに向けた2人目のクライマー候補、工学部2年の高根さんを紹介します。
「冷静になれ その可能性は限りなく低い」「期待するな」
東堂は学生課へ行かず、引き返してしまうのでした。
見覚えのある並木と、ようやくつながった電話
時差ボケで電車を乗り継ぎ、つくば森駅に着いた巻島たち。キャンパスの並木道を見て、巻島は既視感を覚えます。
「最近見た…うつってた…あの並木が 両手を広げた男の写真の背景に!!」
「今すげぇくだらない想像したショ」と打ち消す巻島。
留学3日目の朝、ようやく金城への電話がつながります。「つまりオレに丸投げってワケか…」と言いながらも、オープン参加の可能性を先輩に相談してくれる金城。
「そっちの大学に自転車部はないのか?」と聞かれた巻島は、去年のパンフレットで調べたから間違いないと言い切ります。
「ここにサイクリング部はあるが 自転車競技部はねえ!!」
――そのすぐ横に、「筑士波大学 自転車競技部」の看板があるとも知らずに。
最後の一枚のジャージ
一方の東堂。田所から「エントリーは明日まで」「最後の一枚のジャージを高根さんに渡しといた方がいい」と迫られます。
「スーパークライマーは 簡単には見つからない」
東堂は「少し意固地になりすぎていた」と認め、練習後に手続きをすると約束。ただ、今日は一人で山を登らせてほしいと告げます。
そのモノローグが胸に刺さります。
「最後の一枚のジャージは部室に残った おまえが着るのだと オレはくだらない想像をしていたよ」
その小さな可能性は、東堂の心の中の未来を照らす灯りでした。
高根さんにジャージを渡すと考えたとき、自分の本音が「子どものように嫌がっていた」と気づく東堂。それでも、腹をくくると決めて峠を登ります。
名もなき峠で、「巻……ちゃん……‼」
同じ日の午後、巻島も「あの見えてる山を一人で登るショ!」と自転車で出発。ところが完全に道を間違え、狭くて砂の浮いた峠道に迷い込みます。
峠のピークで休む東堂の耳に、下から登ってくる音が届きます。オートバイにしては、体が左右に揺れすぎている。
「だったら何だ あの何度も見た 脳裏に焼きついた 見覚えのあるダンシングは‼」
髪を左右に揺らして、ニヤけた顔で登ってくる男。
「巻……ちゃん……‼」
「東堂? なんでこんなとこにいるっショ?」
「山の神」への感謝と、スルーしかけた巻島
東堂の胸にあふれたのは、高校最後のインターハイの記憶でした。約束したレースで一度遅れ、ニヤけた顔で登ってきた巻島。そして今度は、ジャージを明け渡そうとしたその日に、約束もしていない峠で飄々と現れる。
「オレは感謝せずにはおれんよ 山の神に!!」
ところが巻島は「さすがにそんな偶然ないショ」「『抹茶』って言ったのが『巻ちゃん』に聞こえてるんだ」と、本気でスルーしようとします。
「今スアーって通りすぎようとしたな‼」と追いかける東堂。ようやく再会を受け入れた巻島は、こう告げます。
「おまえとレースするために帰って来たぜ」
東堂の手紙の結びに、必ず書かれていた「共に走りたい」。それを叶えるために、イギリスから来たのだと。
「敵同士だがな!!」と笑う巻島に、東堂は首を振ります。
「それは違うよ巻ちゃん おまえとオレは“味方”だ 同じジャージを着て走るんだ!!」
「味方」の意味と、ドミノが倒れる感覚
峠を下りながら、巻島は「味方」の意味がまったくわかっていません。ボトルを渡してくれる? 町を案内してくれる? 黒いジャージが気に入った?――満面のドヤ顔の東堂を前に、とりあえずごまかす巻島が最高です。
キャンパスの入口で別れようとした巻島に、東堂はあきれ顔で告げます。
「同じだよ 同じ筑士波大学だ」
並木道に見覚えがあったのは東堂の写真だったから。去年のパンフに自転車競技部がなかったのは、東堂が今年つくったから。ひっかかっていた小さな謎が次々と解けていく――「気持ち悪いくらいドミノが倒れてく感覚ショ」。
部室で差し出されたのは、サイズぴったりの赤いジャージでした。
「“味方”つのはそういうことか尽八ィ!!」
田所の「ミラクルしか想像できねぇ!!」
練習を終えた田所は、部室の前に置かれた自転車に目を留めます。この年式、このロゴ、カンパの変速機――巻島の自転車にそっくりだ。
部室に飛び込んだ田所は、巻島を見つけて熱烈なベアハグ。「折れる」と悲鳴を上げる巻島。そして巻島が筑士波のジャージを着ていることに気づきます。
「もう一度おめーとチームメイトで……レースを走れんのか!!」
あのインターハイで山岳賞を争った、総北の巻島と箱根学園の東堂。「二位と二位」が同じチームで走る。
「くそ‼ミラクルしか想像できねぇ!!」
東堂は明早大の福富に電話を入れ、宣戦布告します。「次はこちらが勝利を頂くと!!」
感想・考察
「おまえが着るのだと」――東堂の独白が、このシリーズの核心
今回、このおじさんが一番グッときたのは、再会の直前に置かれた東堂のモノローグです。
「最後の一枚のジャージは部室に残った おまえが着るのだと オレはくだらない想像をしていたよ」
東堂尽八と巻島裕介の“別れ”の記事で書いたとおり、東堂は巻島の留学先と筑士波大学が姉妹校だという”可能性”に賭けて志望校を変えています。チームをつくったのも、ジャージを一枚残していたのも、全部その延長線上にあった。
それを自分で「くだらない」と言い、「惨めなものだ」と切り捨てようとする。いつも自信満々の東堂が、ここまで弱さをさらけ出す場面は珍しいと思います。
だからこそ、そのあとの再会が効くんですよね。
学生課まで「あと100m」の残酷さと優しさ
東堂は、あと100mで学生課の名簿を確かめられるところまで行っています。でも、田所に呼び止められて引き返してしまう。
読者目線では「行けよ!」と叫びたくなる場面ですが、おじさんはこの100mがとても好きです。
期待して確かめて、もし名前がなかったら――東堂は、その小さな灯りを自分の手で消すのが怖かったのだと思います。だから確かめずに「期待するな」と言い聞かせた。
そして結果的に、名簿ではなく峠で、ダンシングで、巻島を見つけることになる。書類の上の名前ではなく、あの走りで再会する。これ以上ない形だと思いませんか。
ダンシングで気づく東堂、スルーしかける巻島
再会シーンの温度差も最高でした。
東堂は、姿が見えるより先に左右に揺れる”変則ダンシング”で巻島だと気づく。「オレがおまえのダンシングを見間違うはずはない」と。
一方の巻島は、東堂が目の前にいるのに「そんな偶然ないショ」「知らねえヤツに熱い抱擁するとこだった」と通り過ぎようとする。
片方は全身で確信し、片方は全力で否定している。この2人のバランスが、高校時代からまったく変わっていないのが嬉しいところです。
「敵同士だがな」→「味方だ」の反転
巻島がイギリスから持ってきたのは、東堂と”敵として”戦うという計画でした。黒いジャージを着て、レース中に「ドウシテココニ」と驚かせる――高校時代と同じ、ライバルとしての再会です。
でも東堂が見ていた未来は違った。同じジャージを着て、同じチームで走ること。
高校3年間、2人はずっと違うジャージを着て、山頂を争ってきました。インターハイでは「二位と二位」。その2人が、大学で初めて並んで登ることになる。田所の「ミラクルしか想像できねぇ」は、読者全員の気持ちの代弁だと思います。
巻島の“丸投げ”と、周りの人たちの優しさ
そして忘れてはいけないのが、巻島の周りの人たちです。
留学を即決してくれた兄。丸投げされても嫌な顔をせず(いや、少しはしていましたが)手続きを進めてくれた金城。熱烈すぎるハグで迎えてくれた田所。
巻島は相変わらず説明が少なく、連絡もマメではありません。それでも周りが放っておかないのは、巻島がそれだけ愛されている証拠なのだと思います。
まとめ
イギリスから「敵として」東堂と戦いに来た巻島は、筑波の名もなき峠で、「味方」として迎えられました。
- 巻島は秋の短期留学で、姉妹校と知らずに筑士波大学へ
- 東堂は学生課の名簿を確かめず、最後の一枚のジャージを手放す覚悟を決めていた
- 道に迷った巻島と、一人で山に登った東堂が峠で再会
- 「おまえとオレは“味方”だ」――巻島は赤い筑士波のジャージを着ることに
- 田所も合流し、「二位と二位」が同じチームで六溝山レースへ
1年以上かけて張られた伏線が、峠のワンシーンで一気に回収される。SPARE BIKE屈指の名エピソードだと、おじさんは思います。
そしてこの“ミラクル”チームは、大学シリーズ最終戦・六溝山レースへ。続きは六溝山レースまとめでご紹介します。

コメント